東川らしさ

 

#03 「君の椅子」プロジェクト

  
  

旭川大学大学院の地域政策ゼミからの提案に応えて2006年、東川町から始まった「君の椅子」プロジェクト。「生まれてくれてありがとう」という思いを込め、町で生まれた子どもたちに「君の居場所」の象徴として、毎年デザインの変わる手づくりの椅子が町から贈られるものです。

今回、3人の子どもたち全員が「君の椅子」をお持ちの若松美帆子さんにお話をうかがいました。
 

  
 

――若松さんのご自宅には、「君の椅子」が3脚あるとか?

「子育てするなら東川町」と思って、ちょうど長男が生まれる時に引っ越してきました。旭川に近くてちょっとした都会の便利さと東川町の大自然が共存する環境で子育てをしたいなと思って。でも、実は、私たち夫婦にはひそかに裏テーマがあったんです。君の椅子プロジェクトのことは仕事の関係で以前から知っていました。すごく良い取り組みだなぁと思っていて。だから、「子どもの名前が刻まれた椅子が欲しい!」ということで、長男が生まれるタイミングに合わせて引っ越しちゃった。それから子どもが生まれるたびにいただいて、全部で3脚。

 
    




 

――どうしても「君の椅子」が欲しかった、と?

「生まれてくれてありがとう」「君の居場所はここにあるからね」というコンセプトが、本当に素敵ですよね。町で生まれた子どもたちに贈られる、ひとりひとりの名前が刻まれた手づくりの椅子。買うことはできない、世界でたったひとつの椅子。思い入れや椅子の持つ価値が、もうぜんぜん違います。 

――お子さんたちにとって「君の椅子」はどんな存在?

生まれてすぐはもちろん座れないのですが、つかまり立ちの時から、ずっと一緒。ただ座るだけではなく、基地のバリケードにしたり、遊び道具としても使っています。だから、子どもたちにとって君の椅子は、座るもの以上に「暮らしのなかにあるもの」「いちばん身近な家具」ですね。
椅子のデザインは毎年変わるので、子どもたちも誰の椅子かがすぐに分かり、デザインを見比べたりしています。せんとぴゅあには歴代の君の椅子が飾られているのですが、子どもたちは「あれ、ぼくの椅子! これ、わたしの!」と、そんな刺激が記憶としてぜんぶ子どもたちのなかに染み込んでいる気がします。


  

  
  

 
――では、若松さんにとって「君の椅子」とは?

子どもたちはまだ、君の椅子の価値はしっかりとは分からないかもしれません。しかし、文字が読めるようになって「わたしの名前が書いてある!」と喜んでいる姿を見ると、ちゃんと手のかかった自分のものだという認識はあると思うんですよね。
そうして自分たちが大人になった時、こんなことをしてくれる大人たちがいたんだ、とか、自分たちは良いものに囲まれて育ったんだ、とか、この町に生まれて住んだことそれ自体が恵まれた環境だったんだ、とか、きっと人生のいろいろなタイミングで感じてくれると思うんです。
量産されるものではない、大人たちが手間と時間をかけてひとつひとつ大切につくってくれたものの価値を知って育つことは、子どもたちそれぞれの生き方につながるのではないでしょうか。どこに住むか、なにを着るか、なにを食べるか、なにを選ぶか。教え込むものではないですが、この君の椅子のように新しいことをすること、それを続けていくことの価値を、「この町の背中」を通してきっと感じてくれるだろうと思います。親が子どもを大切にするのは当たり前ですが、それに加えて、自分たちを大切にしてくれる存在があること、この町で育ったことが子どもたちの小さな誇りになっていくと、親としてはもう確信しています。

 
  


――それぞれの「君の椅子」、いずれお子さんたちがどこかへ持っていくことに?


う~ん……正直、悩ましいです。もちろん、子どもたちが大きくなったら、それぞれ自分の椅子を大切に持っていってもらいたいという気持ちはあるんです。でも、洋服などと違って、椅子はなくならない。だから、生活の想い出のすべてがそこに染み込んでいくものなので、いずれ夫婦だけで3脚を並べて自分たちの来し方を振り返りたいなぁという気持ちも捨てがたく……。
君の椅子は、子どもたちにとっては「君の居場所」なんですが、私たち夫婦にとっては「大切な記憶の居場所」なんですよね。
 

  
 

 

若松美帆子さん

美帆子さんは札幌のご出身で、お子さんが生まれる前は仕事の関係で旭川にお住まいでした。ご主人の忍さんは、生まれも育ちも東川町という生粋の東川人。ちょうど長男の左龍くんが生まれるとき、「子育てするなら東川町」ということで移住。現在はフリーでアナウンサーやナレーターを務めるかたわら、2男1女の子育て真っ最中。

[ご家族構成]
夫:忍さん/長男:左龍くん(10歳)/長女:結愛ちゃん(7歳)/次男:右禅くん(3歳)